生体エネルギー学の臨床(1)概要

Bioenergeticsでは、「細胞(生体)の構造と機能はエネルギーに依存する」と考える。私たちの健康は、食事(炭水化物、タンパク質、脂肪)から如何にエネルギーを産生するかに依存する。
私たちは主に糖か脂肪酸代謝(酸化)してエネルギー源とする。糖はミトコンドリアで効率よくエネルギーに変換され、最終的に二酸化炭素と水に代謝される。一方、脂肪酸(特に多価不飽和脂肪酸:PUFA)はミトコンドリアで過剰な還元ストレスを生み出してエネルギー産生を滞らせる。これにより生じた活性酸素はPUFAをマロンジアルデヒドMDA)などの毒性の高い過酸化脂質に変えて細胞を傷害する。さらに、PUFAからプロスタグランジンやロイコトリエンなどの炎症性メディエーターが合成され、全身で炎症を増大させると共にインスリン抵抗性を引き起こす。また、脂肪酸がエネルギー源になると、ミトコンドリアのランドル回路(糖脂肪酸回路)により糖の酸化利用は抑制され、脂肪合成が促進される悪循環を生み出す。
 肥満、糖尿病、脳心血管疾患、自己免疫疾患、脳神経変性疾患、がんなど、全ての慢性疾患ではエネルギー産生能が低下しており、共通して、糖酸化の減少し、脂肪酸酸化の増加、乳酸産生の増加を認める。
また、代謝と内分泌は表裏一体の関係にある。代謝の異常は内分泌の異常を伴い、内分泌の異常は代謝の異常を伴う。慢性的なコルチーゾルエストロゲンセロトニンの上昇は代謝を低下させ、甲状腺、アンドロゲン、ドパミンの上昇は代謝を増加する。PUFAはコルチゾールエストロゲンを活性化し、飽和脂肪酸SFA)は不活化する。
さらに、腸内細菌の内毒素(エンドトキシン)により腸管はセロトニンとNOを大量に産生し、マクロファージや樹状細胞の他にも様々な組織で発現が認められるTLR4受容体を活性化することにより、免疫反応と炎症を引き起こし、全ての慢性疾患の原因となる。PUFAは腸管バリアを損傷してエンドトキシンの血液への流入を増やすが、SFAは腸管バリアを保護する。
Bioenergeticsによる慢性疾患治療の骨子は、ストレスを減らし、PUFAの摂取を制限し、糖の酸化代謝を可能な限り高め、ホルモンバランスを是正し、腸内細菌叢を一定数に保ち、結果的に安静時基礎代謝量(RMR)を増やす事と言える。
糖質を摂って肥るばかりであるなら、それは糖の過剰摂取が問題なのではなく、内分泌、エンドトキシン、炎症などの問題を抱えている事を意味し、糖質制限食、絶食、運動で解決することはできない。ストレスは慢性疾患の主因であり、エネルギー産生を低下させる全てがストレッサーである。糖質制限食の論理はインスリンで全てを説明するが、上流にあるストレス反応ホルモン(コルチゾール)を考慮していないことに大きな問題があった。(以下各論がつづく)
注)参考文献を確認したい方は、Ray Peat Forum(https://raypeatforum.com/community/)でキーワード検索してください。(例えば、Haidut, PUFA, Diabetes)HaidutはGeorgi Dinkovのペンネームです。