生体エネルギー学

人体が機能と構造を維持するためにはエネルギーが必要であり、食事(炭水化物、タンパク質、脂肪)から如何にエネルギーを害なく得るかを研究するRay Peat博士の生体エネルギー学(Bioenergetics)を偶然知りました。彼の考えを批評解説するGeorgi Dinkovのブログ(Haidut.me)を読み漁り、糖質(炭水化物)制限食の重大な問題点に気付きました。

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植物油(シードオイル、いわゆるサラダオイル)の普及により、この100年でリノール酸の消費量は2gから50gへと増加している。肥満、糖尿病、心血管疾患、脳変性疾患、がんの増加はリノール酸を含む多価不飽和脂肪酸(PUFA)の消費量と共に増加しており関連が示唆されている。また、リノール酸を含むPUFAの体内半減期はおよそ2年なので、全てのPUFA除去には7-8年かかる。

肥満と2型糖尿病患者では血中遊離脂肪酸濃度が高い。また、遊離脂肪酸濃度とインスリン感受性には負の相関を認める。(Chichester HH, Obesity and diabetes. 2017)さらに、ランドルサイクル、ヘキソサミン生合成経路、異所性脂肪蓄積、ジアシルグリセロール、セラミド、小胞体ストレス、炎症など、過剰な脂質によるインスリン抵抗性のメカニズムの解明が進んでいる。(Lee SH, Diabetes Metab J. 2022)

飽和脂肪酸SFA:バター、ココナッツオイル)、一価不飽和脂肪酸(MUFA:オリーブオイル)は燃えやすいが、多価不飽和脂肪酸(PUFA:植物油)は燃えづらく脂肪細胞に貯蔵されやすい。糖質制限食では、糖の代わりに脂肪を燃焼することで、生命活動に必要なエネルギーを得ることを大前提としている。しかし、肥満や糖尿病患者の脂肪細胞が脂肪分解(リポライシス)により遊離する脂肪酸はPUFAが主体となるため、SFAの様にミトコンドリアで十分に燃焼されず、活性酸素を生み出し細胞を傷害する。さらに、PUFAの一部は過酸化脂質に代謝され全身に炎症を引き起こす。また、PUFAはプロスタグランジンやロイコトリエンなどの炎症性メディエーターの前駆物質でもある。さらに、PUFAはコルチゾールエストロゲンの効果を増加させる。

糖質の供給が止まると、カタボリック(異化)なコルチゾールの上昇により肝臓は糖を新生する。実際、2型糖尿病高血糖状態の大半は、食事よりも肝臓による糖新生に由来するのである。(Hatting M, Ann N Y Acad Sci. 2018)糖質制限、絶食、消耗性の運動による慢性的なコルチゾールの増加はインスリン抵抗性をさらに悪化させることになる。

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糖質制限をするにあたり、PUFA、特に植物油のリノール酸はゲームチェンジャーと言えます。肥満、2型糖尿病糖質制限療法について見直しが必要と考えています。(つづく)